クレメンティア
税理士事務所
「指定宗教法人の清算指針案」を住職の視点で読み解く:信教の自由を守りつつ、ガバナンスと透明性をどう磨くか
政府が公表した「指定宗教法人の清算に係る指針案」は、解散命令が確定した宗教法人を対象に、被害者救済と財産管理の実務を示すものです。対象は一部の法人に限られるものの、示された原則(透明性・説明責任・信教の自由への配慮・長期清算の想定)は、平時の寺院運営にも直結します。本稿では、住職の皆さまが“明日は我が身”とならないための実務点検ポイントを、税理士の視点で整理します。
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## 1. 何が変わるのか:清算の「軸」は被害者救済と適正手続
指針案は、清算人による帳簿・財務諸表・電子データ・関連会社情報の徹底調査、そして被害者への誠実な対応(申出期間後の申出にも配慮)を要請しています。さらに、訴訟や調停の集約、弁償基準の明確化、弁護士費用の考慮など、被害回復を実務的に進める仕組みづくりが求められます。
一方で、清算期間の長期化が想定されるなか、**清算事務に支障のない範囲での宗教施設利用**という、信教の自由への配慮も明示されています。
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## 2. 「平時」の寺院が今から備えるべきこと(ガバナンス×会計)
### ① 記録の完全性と説明責任
- 寄附台帳・領収書・使途記録・財産目録・理事会/評議員会議事録を**第三者が追跡できる粒度**で整備。
- 電子データは**改ざん痕跡が残る運用(アクセス権限・ログ)**を設計。紙は保存年限・保管場所・廃棄手続を明文化。
### ② 寄附の受入れガイドライン化
- 募金・祈祷料・会費等の**定義・表示・使途**を明確化。過度の勧誘を排し、返金方針や苦情対応フローを文書化。
- **利益相反**(役員・関係者への支出等)は承認プロセスと開示ルールを設定。
### ③ 内部牽制の仕組み
- 出納・承認・記帳を**分掌**。月次で残高照合、**四半期レビュー**を税理士・公認会計士等の外部目線で。
- 高額支出や資産売却は**複数承認+議事録+相見積**を必須化。
### ④ リスク対応マニュアル
- 相談窓口の設置、匿名受付、外部専門家への**早期エスカレーション基準**を明文化。
- 苦情・被害申出の**受付→記録→検証→回答**のKPI(期限・責任者)を設定。
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## 3. 信教の自由を守る運営基準:施設利用と表現の線引き
清算局面で認められる「施設利用の配慮」は、平時にもヒントがあります。
- 施設利用許諾の**条件**(違法行為の禁止、安全配慮、使用目的の適合性、原状回復、対価)を規程化。
- **宗教行為と収益事業の区分**を明確にし、収益は会計上の区分経理・納税判断(法人税・消費税)を適正化。
- 広報・教化活動は**社会的受容性の観点チェックリスト**(誤認表示・脅迫的表現の排除)で最終確認。
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## 4. 「長期化」を前提にした財務設計:現金繰りと資産戦略
- **キャッシュポリシー**:最低運転資金、突発リスク枠、災害時の流動性を数値化。
- **資産の棚卸**:宗教活動に直結しない不稼働資産を特定し、維持費・固定資産税等のコストと社会的価値で評価。
- **指定正味財産的な考え方**:寄附者意図に沿った使途管理を強化し、トレーサビリティを確保。
- **寄附者コミュニケーション**:年次報告(活動実績・会計ハイライト・監査所見)で信頼を積み上げる。
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## 5. 役員・職員・外部専門家の「チーム運営」
指針案は、弁護士・税理士・会計士・不動産鑑定士・デジタル鑑識等**専門家団の編成**を想定しています。平時からの関係構築が決定的です。
- 顧問団に**役割分担表**を作成。緊急時に即応できる**連絡網**と**委任範囲**を準備。
- 年1回の**コンプライアンス訓練**(寄附受付・個人情報・ハラスメント・反社会的勢力排除)。
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## 6. 実務チェックリスト(抜粋)
- [ ] 寄附台帳・使途記録・領収書の**突合テスト**を実施
- [ ] 議事録テンプレートの改訂(目的・討議・決議・反対意見・利益相反)
- [ ] 施設利用規程の制定/更新(禁止行為・違反時対応・賠償条項)
- [ ] 苦情・被害申出の受付フォームと**SLA(初期対応24–72時間)**
- [ ] 年次「信頼レポート」発行(活動実績・財務サマリー・KPI)
- [ ] 顧問専門家との**緊急対応プロトコル**整備
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## まとめ:信頼は「日々の運営設計」から生まれる
今回の指針案は、解散後の清算手続を対象としながらも、宗教法人運営の普遍原理を示しています。**透明性・説明責任・信教の自由への配慮・長期化リスク**――これらを平時から制度化できる寺院ほど、社会と信者からの信頼は盤石になります。
もし貴寺の実務に不安があれば、寄附の会計処理、規程整備、内部牽制の設計まで、現場感を持って伴走します。ともに、次世代に誇れる運営をつくりましょう。
(文責:クレメンティア税理士事務所 小林 匠)
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